


外すなら思い切りスコアボードにぶつかるくらいに。いや、そもそも外すのであれば狙う必要もない。 後半39分。実質の最後のプレー。 昨年度
トップリーグ覇者、東芝ブレイブルーパスを6点リードのトヨタ自動車ヴェルブリッツが、敵陣10㍍ほどのPGを選んだ。
オレニ・アイイ。ボールをセットする途中で終了ホーンが響く。 蹴る。外れる。インゴールにボールは落下する。 誇り高き東芝にとっては「さあ、あなたがたの生き方を見せつけなさい」と背中を押されたようなものだ。 怒涛。そんな字の並びのピタリ
とくる猛攻が当然のごとく始まり、なかなか終わらない。
そこから試合は5分強も続いた。スリル。緊張。集中心。何より心身の力。東芝、22Mラインの向こう側へ侵入。右へ。穴、あくか。
緑の背番号19が硬い石で壁を削り落とすように細身をぶつける。
ルーキー、関東学院大学の前キャプテン、安藤泰洋のまさに大きなタックルだ。ピンチ阻止。ここに勝負は決した。
その後、ついに東芝が攻撃の忍耐を手放し、ふわり流れるパスで所有権をなくした。
トヨタの会心の、そうであるのに試練には襲われての勝利だった。
試合後の会見、後半24分にベンチへ退いた中山義孝主将は、なぜ狙ったのか? の問いに答えた。
「ボーナスポイントを狙いました」
正確には、途中からゲームキャプテンの菊谷崇が、東芝の7点差以内の敗戦ポイントを阻もうとした。ここからの順位争いをにらんだ発想だ。残り秒数までは判然としなかったこともあり、それはそれでありえたのかもしれない。
ただし朽木泰博監督は言った。
「スコアボードの計時がデジタルだったらタッチへ出していた」
旧式の時計のおかげで、観客は歯磨きチューブを限界まで絞るような攻防を5分も長く見られ、両チームの選手は普段の練習の数百倍の密度の攻防におのれを磨けた。
中山主将が明かした。
「東芝との試合は、いつもラグビーを始めたころの楽しさを思い出させてくれる。コンタクトのあるスポーツですからね。その喜びというか」
そんな試合だった。
弱くない風。その風上をトスに勝って選んだ前半、トヨタはコンタクトで引かず、まず対東芝の前提条件をクリアした。5分(トヨタPG)、8分(東芝モールでT)、10分(トヨタT)、18分(トヨタのT、アイイの遠藤へのリターンでの飛ばしパス!)、21分(東芝T)、29分(トヨタPG)、36分(トヨタT)と、めまぐるしくスコアは移動して、トヨタの14点リードで後半へ。
風向きと東芝の底力を考慮すれば実質の0―0か。やはり、そのように試合は流れ、15分に27―28と引っくり返される。
直後、勝負の天秤を動かすスティーブン・イェーツのラインアウトからそのまま抜けるトライが飛び出す。現象としては東芝・仙波智裕のマークの失敗だが、その裏には「アジア大会の7人制代表で不在のためコミュニケーションが乱れた」(廣瀬俊朗主将)という事情もあった。大試合に付き物かもしれぬ「アヤ」ってやつだ。